柳…あのね――

今でも目を閉じればあいつの顔が思い浮かぶ。ずっと一緒にいた、片割れと言ってもいいあいつ。俺がテニスを初めてからはずっとマネージャーの様にサポートしてくれて立海に入ってからは俺だけでなくテニス部のマネージャーになった。寂しくもあったがそれ以上に一緒に三連覇を狙えることが嬉しくもあった。

「頑張れるよ!立海三連覇に死角はない!ってね!」
「…そうだったな」

けれどそれは名字の負担を大きくしていただけだったのかもしれない。俺達は二連覇した時に名字の変化に気付くべきだった。参謀と云われる俺すら気付かれないほど名字の演技が巧かったこともある。しかしそれ以上のミスは俺があいつに対して過信とも云える程の信頼をしていたことだった。

「…柳…。あのさ…」
「どうした?名字?」
「…ううん。なんでもない!」

普段の俺ならここでデータでの予測で名字の言うことがわかっていたかもしれない。
…いや、過ぎたことを云うのは名字に叱られてしまうな。

それから二ヶ月後の事だ。あいつが何も言わずに俺の前から姿を消したのは。俺は毎日あいつを探すために走り回った。赤也や精市達にらしくないと言われても構わない。
俺にとって名字は片割れで、唯一無二の存在で、最愛のやつだった。
あいつを取り戻せるのなら何を振り切ってでもいいとさえ思ってしまえる程にあいつは大切なやつだ。テニス部の練習が終われば門限ギリギリまで探し、休日は県外にまで足をのばした。それでも名字に繋がる有力な情報は一つも手に入れることができないでいた。データマンと参謀と呼ばれる俺が。

「どうしてだ…お前が俺の前から姿を消したのは…名字」

名字を失ってからのテニスは何処か虚しかった。まさか俺自身ここまでメンタルが弱いとは予想外だった。しかし俺は立海のレギュラー。他の部員にだらしないところは見せられない。表に出さないようにいつも通りプレーをする。

「柳先輩は辛くないんスか!!名字先輩がいなくなったのに!」

辛くないはずがないだろう…。

「柳、悲しい時はさ、悲しいって言ってもいいんだぜ」

俺は…悲しいと言っていいのか。

「参謀…詐欺をかけたいのならもっと上手くやりんしゃい」

仁王より巧くはやれないさ。

世界は名字が俺の隣にいなくとも等しく進んでいく。
どれだけ時間が掛かろうとも俺は名字を取り戻す。




「はーい、カットォ!!!」

監督役をしている演劇部の部長の声が俺の思考を引き戻した。
視線を辺りに渡せばクラスメイト達。そしてその中には俺の大切な幼馴染みの名字の姿もある。今は秋にある海原祭に向けてクラス発表の映画を撮影している処だ。クラスメイトに恵まれたのか俺達のクラスには演劇部の部長と写真部の部員が三人、手芸部のエースと重役が揃っている。
どうしてそれを夏休みの今に撮影しているかと言うと飲食部門の許可も取った為にカフェと並列して映画を上映することになったからだ。二学期が始まれば今度はカフェの方の準備にかかる。

「お疲れ様っ!!柳ばっかりだったね」
「この場面だけだろう。これからは『名字』の出番の方が多いだろう?」
「まぁ、ね」

タオルを名字から受けとる。冷房の余計な音を入れたくないという撮影係からの強い希望で夏真っ盛りだというのに冷房をかけていない部屋は蒸し風呂と大差ない。
俺達のやる映画は全一時間のショートストーリーで、俺の演じる『柳』と名字の演じる『名字』の切ないラブストーリーだ。主な出演者はほとんど俺達だけでほんの少しだけテニス部が出演している。

「ここまで撮っておいて言うのもあれなんだけど…本当に皆はいいの?最後の海原祭だよ?」
「いーのいーの!むしろお願いしたのはこっちだしうちのクラスからは外部受験者もいないから最後って訳じゃないし!」

笑うクラスメイトに対して名字はまだ納得できていない様な苦笑いをしている。この映画はクオリティを上げる為に演者を最低限少なくし、他の衣装や大道具に人数を割いて行うものにした。どうして俺達が主演なのかというと去年の海原祭でベストカップル部門なるコンテストに幸村が勝手に応募した事から始まり、最終的には優勝してしまった事があったからだろう。演劇部の部長曰く

「これはね!柳君達にしかできないのよ!!」

とのことだ。俺のデータからすると幸村が何かしらの交渉を彼女にした確率73.2%。しかしクラスメイトよりもテニス部が多く出ているのは未だに解せない。
名字は次の場面の台本をうちわ片手に必至で読んでいる。名字の台本は既にボロボロで名字がどれだけ練習していたかがよくわかる。

「名字」
「んー?なに?」

台本から視線を外さないまま返事が帰ってきた。俺はそっと名字の台本を奪い名字が目を通していたであろうページを見る。丁度そこは映画のラストで二人が再会しめでたく結ばれるシーンだった。

「『俺はこれから先のお前の未来がほしい。ずっと好きだった。』」
「『…私も、ね。好きだったんだよ…きっと柳よりも長く』」

俺が台本にある台詞を言うと不思議そうな顔をしながらも名字は続きになる台詞を言う。名字の台詞の後にさらに俺の台詞が続くのだが一向に台詞を言わない俺に名字は次、柳だよと小さな声で教えてきた。もちろん本気で台詞を忘れているわけじゃない。わざと言わないだけだ。

「お前は…俺が話の中だけでなく俺が好きだといえば困るか?」
「は…?なに、どうしたの。柳」
「…好きだ。俺は本気で、名字が好きだ」

情けない話だがこの映画を演じてこの気持ちに気がついた。幼馴染みという枠組みで無意識に感情を押さえていた。変わることが怖かったのかもしれない。

「…っ。何も、皆のいるところで言うことないじゃない。…恥ずかしいなぁ、もう」

台本を俺の手から奪いパタパタと顔を仰ぎ始めた名字。確かに少し焦りすぎたな。…参謀と呼ばれる俺が、本当に情けない話だ。

「でもーーーーーーー 」


スクリーンに映るのはつい数週間前に撮った俺達。客の誘導係として映画を見ているが中々のできだ。これから最後のシーンで『柳』が『名字』に告白して結ばれるところ。ちらりと隣にいる先日の告白の返事を貰っていない名字を見る。すると名字もこちらを見てきて真剣な顔で口を開いた。

「…ありがとう、私も好きです。ずっと柳が好き」
「やっとだな」

ふっと口元を緩めれば名字もふんわりと優しく笑った。俺は名字の頬に手を添えてゆっくりと近づいていく。

「そうだね…って、ちょっと!!なにしてっ」
「静かにしないとバレるぞ?」

あと少しで触れるということろで話せば暗がりでも判るほど顔を真っ赤にさせて黙った。間髪いれずに俺は名字の唇に自分のそれを重ねた。

フィクションだけじゃ済まされない



柳さんって難しいッスね。このネタを思い付いてこれは柳さんしかいない!!!って思い立って早数週間。柳さんのキャラは迷子だしデータ全然生かせなかったし…私に柳さんは無理なようです…。









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